頼光は数人の検非違使を率い、夏の足柄にいた。安房の国へと赴き、現在は都への帰路の途中だ。名目は東国の巡視だが、実際は都の治安を護る兵部省上層部のやっかみが混じった雑務の押しつけだった。
巡視などといっても何をするでもなく、道すがらのいざこざを解決しはしても、さほど危険な道程ではなかった。供の検非違使達はそのあまりの退屈さに不満を漏らしもするが、頼光は緑の山々を愛でることが出来、一人満足だった。
小高い丘で小休止をとったのも人馬の疲れを癒やすためではなく、頼光が周囲を散策したいが為であった。供の者共は幼き大将の我が儘としか思っていないようだが、頼光は気にならなかった。第一に、その感想は当たっているのだから。
供の一人も連れず、野山を歩くのは本来ならば咎められて然るべきなのだ。しかし、智にしろ武にしろ、検非違使の中で頼光にかなう者が一人もおらず、また幼き大将に意見しようという者もいなかった。そこで無理にでも頼光の否を責めれば頼光も大人しく従うのだが、それをしない大人達に頼光は軽い失望を覚えていた。もう二度と安倍晴明のような才気溢るる大人には巡り会えまいとわかってしまうのだ。
本来ならば野山を駆け、充実感を覚える一時であるはずだが、ここしばらくは何処か寂しさにも似た想いを抱いていた。それが心の底に澱となっている。
その澱が、対等である者がいない孤独感であると知るのは今しばらく先のことだ。今はただ、わずかばかりの焦燥感に苛つくだけしかできない。 空に立ち上る黒煙を見たのはそんな時だった。
 「火事か?」
頼光は真っ直ぐに伸びた杉の樹を器用に登り、煙の元を見定めた。燃えているのは豪族の屋敷のように見える。飛び降りると同時に頼光は駆け出した。馬を取りに戻ったところで狭い山道のこと、己の脚で駆けた方が幾らかは早いと判断したからだ。
今から頼光が駆けつけたところで、何が出来るわけでもない。しかし、頼光はそれに気付かずに駆け続けた。まるで、ちろちろと見え隠れする炎に呼ばれたかの如く。
獣道とも言えぬような、道無き道を一心に駆け抜ける。頼光は無数の細かな引っ掻き傷を負い、重量のある鎧はまだしも、太刀すら手にせず来たことを後悔した。しかし心の一方で、屋敷に近づく毎に言いしれぬ期待感が高まっていくのを感じていた。
火元までわずかと迫り、ようやく森を抜けた頼光はそこで可愛らしい顔立ちの童を抱いた女性の姿を見た。声をかけようとしたが、その暇もなく二人はすぐに木々の中へと掻き消えてしまった。
木の爆る音を背に、頼光は二人の消えた森を見つめ続けた。
童の意志の強そうな瞳を、頼光はどこかで見たことがあるように感じていた。記憶の中に思い当たらないそれは、もしかすると夢の中の出来事なのかも知れない。
後に再び見えることになる、この世で最も大切な人との、運命としか言い様のない出会いはこうして刹那的に行われ幕を降ろした。








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