碓井の家にはもはや自分の居場所など無くなっていた。彩子を碓井の領にかえす気にはなれず、腐乱の始まった妹を背負い旅に出た。
何処か静かで穏やかな土地で彩子の墓を護って生きていくのも悪くはない。
道中、幾度か危険な目にもあった。腐っていく肉の匂いを嗅いだ獣が群を成して襲い来ることがしばしばあったが、命を絶つことが出来るようになってしまった貞光の太刀に躊躇はなく、返り討ちにあったもの共は逆に貞光に喰らわれる運命を辿った。
 (綺麗な水のあるところが良いか…)
美濃の国の外れにある揖斐川に辿り着いた貞光はそこに庵を構え、質素な墓を建てた。埋めるものといえばわずかに残った骨と、母・昌子の形見でもある櫛しかなかった。
 「…御坊はこんな虚しい気持ちで、俺達に微笑みかけていたのですか。俺は駄目だ。御坊ほど、強くない」
独り言だ。誰か答えてくれるわけではない。
近頃、会って、別れた者達のことをよく思い出す。兼貞が養子に入った金剰、彩子が夜発に売られたことを告げた男、芦ノ湖で出会った二人の童、琵琶弾きの女、静延、そして源頼光。皆、懸命に今を生きている者達だった。
 『……殊…』
立てかけてあった太刀が傾いて貞光の気を引く。
おもむろに立ち上がると貞光は太刀を取り、一心不乱に振り続けた。疲労が手元を狂わせ、刃が自らを傷つけても構わずに。
一昼夜、ただ無心に単純な運動を繰り返し、何処か底が抜けた。悩みも迷いも、消えたわけではなかったが、少なくとも前に踏み出せそうな気になっていた。
源屋敷の門を叩くのは、このわずか四日後の事であった。








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