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弱々しげな声は今にも消え入りそうだった。戸を引いて中に入ると、雅な唐衣を纏った娘が狭い部屋の中央で座していた。白磁のように白い肌は油灯に照らされ官能的にすら見える。香を焚いて隠しているが、かすかに血の匂いがするのが気になった。
どことなく彩子の面影がないわけではなかったが、確信に至るほどのものはない。十一だった彩子も生きていれば十四になっているはずである。目の前の娘が彩子であっても判るはずがなかった。
差し出した貞光の手をとる仕草は優雅さとあどけなさのどちらをも内包しており、男心をくすぐった。
「…冷たい手だな」
心地の良い冷たさは何処か懐かしく、貞光の優しさを引き出した。このまま倒れ込みたくなる衝動を打ち砕いたのは娘の一言だった。
「彩姫と申します。貴男のことは何とお呼びすれば……痛いっ」
思わず握りしめた貞光の拳に彩姫は手を引いた。恐る恐る貞光を見上げた彩姫の瞳は、確かに彩子のそれに良く似ている。
見つかって欲しい思いに偽りはない。しかし、いざ見つかったことを考えると、それもまた恐ろしかった。真実とは常に恐怖をはらんだものだと、身を持って知らされた気分だった。
「如何なさいました」
彩姫の心配そうな視線すら、自分を責める剣のように思える。何を訊けば良いのか判らない。真実も狂言も聞きたくはなかった。
「…碓井…」
「え」
聞き取れなかったのか、彩姫は可愛らしい仕草で小首を傾げた。それから両手で貞光の腕を引くと、そこに座るようにねだった。
「彩にも聞こえるよう、もう一度おっしゃって下さいまし」
甘い吐息が貞光の頬を撫でる。逆らいようのない糸に絡み取られ、貞光は彩姫の言いなりとなった。
「…姫は碓井の者か否か…彩子なのか…」
彩姫は静かに目を伏せた。風のない湖面を思わせる静かな表情だが、その裏に仄かな怒りの色が見て取れた。
「夜発に素性を訊いてはなりません。私達は生きていくためにここにいるのです。貴男がいかに高貴な方であったとしても、けして私達の心まで好きに出来ると思いなさるな」
貞光が涙を流したのは真実を知ったからだ。彩姫に責められ逸らした視線の先にあった物は高坏にのせられた一葉の櫛。紛れもなく母・昌子から彩子の手に渡った形見の品だった。
振るえる腕を伸ばして彩姫を抱き寄せた貞光は今まで切り捨ててきた者達のことすら忘れ、今この時を心から喜んだ。
「兄上…兄上ぇ…」
彩子はいつから貞光のことに気付いていたのだろう。兄妹はしばらく抱き合って、再会に涙した。
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